2000年問題とは、コンピュータの中で管理している西暦が一と十の桁しかないための問題であったが、2045年問題とは何だろうか?興味を持ってこの本を購入し、読んでみた。
2045年問題とは、コンピュータの能力に関する問題であった。2045年に、技術的特異点、すなわち、コンピュータの能力が人間を大きく超え、人間を脅かす存在になる年ということらしい。
コンピュータが意識を持つかどうかということと大きく関係する。コンピュータが意識を持たない存在であれば、有益な道具として使うことに問題は生じないと思うが、このあたりの問題が2045年問題たるゆえんである。人間にとっても、自分の脳の拡張が世界のクラウドコンピュータの世界に広がるという状況は、今でも概念的にはわかる状況ができつつある。しかし、これからは、体外に自分のクローンができたり、さらには肉体をなくして、コンピュータの中にしか自分が存在しなくなるというようなSFの世界みたいなものまで書かれている。
私は、コンピュータは単純な道具としての利用者であり、そのレベルを超える、意識の世界におけるコンピュータのあり方に興味がない。今後は、むしろそうしたものに対して抵抗しながら生きていくこれからの自分の姿を予感した。
2013年10月9日水曜日
2013年10月3日木曜日
小林雅一「クラウドからAIへ アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場」、朝日新書
クラウドは、手元のモバイル機器からデータをホストに送り、重い処理をこなしてまたモバイルに結果を送ってみせるという処理方式において、インターネットによりどこからでもホストにアクセスできるというユビキタス性を利用した形態であることは、クラウドを様々な形で使っている人はご存じだろう。一方、AI(人工知能)は私から見るといささかかび臭い言葉である。あまり期待せずに読み始めたら、自分がキャッチアップできていなかったところが明確にでき、強く感化された。
AIは、昔ながらの決定木を使ったものではなく、ベイジアンネットワークの時代を経て、ディープラーニングが今ホットであることを知った。ディープラーニングは、階層の深いニューラルネットであって、私が学んだ順番はニューラルネット、ベイジアンネット、決定木なので、昔に戻ることを奨励されているようなものである。ディープラーニングを含むAIを使った新しい技術が、現在の技術革新の中核をなしていることがわかった。
第三章「知性の値打ち ―AIが生み出す巨大なビジネス・チャンス」が私にとっては最も値打ちがあった。AIを搭載したSiri、自動車や移動ロボットに搭載されるSLAM、介護・介助におけるロボットの巨大市場。これからは間違いなくロボットの時代であることを、この本を読んで確信した。
この本のタイトルには、「クラウドからAIへ」と、いかにもクラウドの時代が終わりかのような書き方がされているが、読んでみると、そういう趣旨ではないようだ。スマホ、Googleめがね、タブレット、移動ロボット、どれを見てもすぐに廃れるものではないが、計算能力が低く、そこで大きなAIプログラムを走らせるわけにはいかない。クラウドを構築して、強力なAIシステムを走らせるのも悪くないなと思った。ここ十年ほど、機械学習の研究から遠ざかっていたが、少し戻ってみようと私に思わせてくれた本である。
AIは、昔ながらの決定木を使ったものではなく、ベイジアンネットワークの時代を経て、ディープラーニングが今ホットであることを知った。ディープラーニングは、階層の深いニューラルネットであって、私が学んだ順番はニューラルネット、ベイジアンネット、決定木なので、昔に戻ることを奨励されているようなものである。ディープラーニングを含むAIを使った新しい技術が、現在の技術革新の中核をなしていることがわかった。
第三章「知性の値打ち ―AIが生み出す巨大なビジネス・チャンス」が私にとっては最も値打ちがあった。AIを搭載したSiri、自動車や移動ロボットに搭載されるSLAM、介護・介助におけるロボットの巨大市場。これからは間違いなくロボットの時代であることを、この本を読んで確信した。
この本のタイトルには、「クラウドからAIへ」と、いかにもクラウドの時代が終わりかのような書き方がされているが、読んでみると、そういう趣旨ではないようだ。スマホ、Googleめがね、タブレット、移動ロボット、どれを見てもすぐに廃れるものではないが、計算能力が低く、そこで大きなAIプログラムを走らせるわけにはいかない。クラウドを構築して、強力なAIシステムを走らせるのも悪くないなと思った。ここ十年ほど、機械学習の研究から遠ざかっていたが、少し戻ってみようと私に思わせてくれた本である。
2013年9月30日月曜日
遠藤周作「老いてこそ遊べ」、河出書房新社
狐狸庵こと、遠藤周作氏、子供の頃よく読んだが、この本が生誕記念90年で、あちこちに書かれたエッセイを集めたものとして出版されたので、買ってみた。
まず驚いたのが、五十代や六十ちょっとの頃書かれたもので、自分を老人と呼んでいる。あの頃はそうだったのか、それとも、遠藤氏が特別だったのか。ちょっと区別がつかないが、彼は病気がちだったので、早く老人になったのかもしれない。しかし、粘ってみたところで、どうせ六十代半ばになれば、老人と言わざるを得ないだろう。まだ自分は老人ではないと、必死に抵抗している自分を感じた。
まあ、私もそれは自覚している。だからこそ、こんなタイトルの本を買っているのである。無理をせず、老人になったことを受け入れて、楽しくすごそうとした遠藤氏の気持ちがとても伝わってくる本である。これを読むと、老人になったら、趣味を1つではなく、あれもこれも持った方がいいという主張がわかる。
一番面白く読めたのは、「老年の心境」という10ページ強あるやや長目のお話。雑種の犬に人間を投影して、気持ちを書いている。犬がウンコをするところを、人に見られているときの犬の気持ちを細かく書いているところが笑えてしまう。なるほど、そう考えてウンコをしているのか。言われてみたらそういう顔をしているなあ。遠藤氏の庶民性が感じられ、心が温まる本であった。
まず驚いたのが、五十代や六十ちょっとの頃書かれたもので、自分を老人と呼んでいる。あの頃はそうだったのか、それとも、遠藤氏が特別だったのか。ちょっと区別がつかないが、彼は病気がちだったので、早く老人になったのかもしれない。しかし、粘ってみたところで、どうせ六十代半ばになれば、老人と言わざるを得ないだろう。まだ自分は老人ではないと、必死に抵抗している自分を感じた。
まあ、私もそれは自覚している。だからこそ、こんなタイトルの本を買っているのである。無理をせず、老人になったことを受け入れて、楽しくすごそうとした遠藤氏の気持ちがとても伝わってくる本である。これを読むと、老人になったら、趣味を1つではなく、あれもこれも持った方がいいという主張がわかる。
一番面白く読めたのは、「老年の心境」という10ページ強あるやや長目のお話。雑種の犬に人間を投影して、気持ちを書いている。犬がウンコをするところを、人に見られているときの犬の気持ちを細かく書いているところが笑えてしまう。なるほど、そう考えてウンコをしているのか。言われてみたらそういう顔をしているなあ。遠藤氏の庶民性が感じられ、心が温まる本であった。
2013年9月29日日曜日
白洲正子「たしなみについて」、河出書房新社
著者は白洲次郎の妻で、1998年に亡くなられている。この本は、1948年に刊行された単行本が、今年8月に新書版で発刊されたものである。
何分、終戦直後に書かれたもので、今だったら文字にすることを躊躇するような差別的な用語も含まれているが、そういうものも含めて、極めてストレートに書かれていて、大変わかりやすい。美とは何か、人生とは何か、そういった大きな命題に対する著者の気持ちが非常にわかりやすく書かれている。私は非常に共感を持ってこの本を読むことができた。
つべこべ言わずに、正しいことは何かということがストレートに書かれている。昨今は、日本語の単語が、差別用語などとして使えないものが非常に多くなっており、(そのことの是非は議論があるものの)文化が衰退しつつあることは否めない。文化の高さを感じた。なお、この著者はマッカーサーを困らせたというくらいだから、相当な人である。
本当の日本人とはどんなものなのか、わかったような気がした。明治の人の話を読むと、それを感じることが多い。自分が幼少の頃、親の実家に行ったりしたときに、明治生まれの祖父母がいたり、茅葺きの家だったりしたので、私はその辺の空気が体感的に理解できるおそらく最も若いグループに属するのではないかと思う。
この本は繰り返し読んで座右の銘にしたい本である。
何分、終戦直後に書かれたもので、今だったら文字にすることを躊躇するような差別的な用語も含まれているが、そういうものも含めて、極めてストレートに書かれていて、大変わかりやすい。美とは何か、人生とは何か、そういった大きな命題に対する著者の気持ちが非常にわかりやすく書かれている。私は非常に共感を持ってこの本を読むことができた。
つべこべ言わずに、正しいことは何かということがストレートに書かれている。昨今は、日本語の単語が、差別用語などとして使えないものが非常に多くなっており、(そのことの是非は議論があるものの)文化が衰退しつつあることは否めない。文化の高さを感じた。なお、この著者はマッカーサーを困らせたというくらいだから、相当な人である。
本当の日本人とはどんなものなのか、わかったような気がした。明治の人の話を読むと、それを感じることが多い。自分が幼少の頃、親の実家に行ったりしたときに、明治生まれの祖父母がいたり、茅葺きの家だったりしたので、私はその辺の空気が体感的に理解できるおそらく最も若いグループに属するのではないかと思う。
この本は繰り返し読んで座右の銘にしたい本である。
2013年9月11日水曜日
鎌田浩毅「京大教授の伝える技術」、PHP新書
人にうまく話を通すには、価値観を合わせることが必要だというのが、この本の最初に書かれている。自分の価値観でものを考えるのではない。また、理論的にこれでいいはずだというようにも考えない。相手がどのように考えるのかということを考えて話をすると通じるということらしい。
京大教授の地震学者という堅い肩書きとは無縁な、とても柔らかい印象の本である。序章から、「生き方の旗印」には四つあって、「安楽志向型」、「王様型」、「気配り型」、「主導権型」というのが出てくる。こういう形が出てくれば、自分がどの型なのか、自然に考えるだろう。
対人関係をよくするためのノウハウがとても詳しく書かれている。受講生が山ほど押し掛ける人気教授になったらしい。それは、この本のカバーにもつけられている、ご本人の写真を見ると、納得がいく。真っ赤なシャツにジーンズの上着、ものすごく派手なネクタイ。こういう形を自ら見つけたというところがこの著者の立派なところだろう。
京大教授の地震学者という堅い肩書きとは無縁な、とても柔らかい印象の本である。序章から、「生き方の旗印」には四つあって、「安楽志向型」、「王様型」、「気配り型」、「主導権型」というのが出てくる。こういう形が出てくれば、自分がどの型なのか、自然に考えるだろう。
対人関係をよくするためのノウハウがとても詳しく書かれている。受講生が山ほど押し掛ける人気教授になったらしい。それは、この本のカバーにもつけられている、ご本人の写真を見ると、納得がいく。真っ赤なシャツにジーンズの上着、ものすごく派手なネクタイ。こういう形を自ら見つけたというところがこの著者の立派なところだろう。
2013年8月31日土曜日
瀬戸内寂聴,ドナルド・キーン「日本を,信じる」中央公論新社
日本を信じるとは,東日本大震災からの立ち直りを信じると言う意味だ.キーン氏は,東日本大震災後,日本と寄り添って人生を全うすることを決めた人である.2人ともこの本出版時に90歳である.当然,死後の世界の話などもたくさん出てくる.ただ,2人とも日本を愛してやまない人であるが,今の日本のあり方には疑問を持っており,危機感もお持ちである.
この2人が,日本の立ち直りを信じると言えば,我々も安心感を持つことができる.しかし,2人も,そう信じるしかないでしょう,というスタンスのようである.
日本のよさとは何だったのか,こうした人々から学びながら,これから生きていく人がそれを維持して行かなければならないのだ.大丈夫か,若い人たちよ.
この2人が,日本の立ち直りを信じると言えば,我々も安心感を持つことができる.しかし,2人も,そう信じるしかないでしょう,というスタンスのようである.
日本のよさとは何だったのか,こうした人々から学びながら,これから生きていく人がそれを維持して行かなければならないのだ.大丈夫か,若い人たちよ.
2013年8月14日水曜日
林原靖「破綻 バイオ企業・林原の真実」、WAC
あのビッグ倒産、林原の専務直筆の破綻のストーリーがとても生々しく描かれている。果たしてこの破綻は何だったのか?いままで何も知らなかったことが恥ずかしい。林原は、つぶれるべくしてつぶれたのではない。つぶされたのであった。
銀行とは?弁護士とは?何気なく我々が持っているイメージとはかけ離れたものであることをこの本は教えてくれる。マスコミが思考停止しているという指摘も、納得のいくものであった。
思考停止している人間たちと関わりを持って生きたくはない。しかし、関わりを避けるべく、何もしないという人生を歩みたくもないし(これは、著者がそう言っているのではない。私がそう思ったのである)、それは、思考停止している人間に負けるということだろう。
銀行とは?弁護士とは?何気なく我々が持っているイメージとはかけ離れたものであることをこの本は教えてくれる。マスコミが思考停止しているという指摘も、納得のいくものであった。
思考停止している人間たちと関わりを持って生きたくはない。しかし、関わりを避けるべく、何もしないという人生を歩みたくもないし(これは、著者がそう言っているのではない。私がそう思ったのである)、それは、思考停止している人間に負けるということだろう。
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