2014年2月10日月曜日

藤原正彦「名著講義」,文藝春秋

言わずと知れたお茶の水の先生の単行本.出版されたのは2009年末だから,4年前の出版だが,いままでほとんど読まずに積んでいたのを,このほど取り出して読んでみた.

毎週文庫本を1冊ずつ課題に出し,読んできたその本について,教授と学生の間でいろいろとディスカッションをするというゼミの様子を本にしたものである.今で言う「反転学習」の先駆的なものか.

本は,古き時代の日本を紹介し,日本人とは何か,日本人とはこんなにすばらしい民族だということを誇示するような本が並んでいる.挙げてみると,
武士道
余は如何にして基督信徒となりし乎
学問のすすめ
新版 きけ わだつみのこえ
逝きし世の面影
武家の女性
代表人日本人
山びこ学校
忘れられた日本人
東京に暮らす
福翁自伝
若き数学者のアメリカから郷愁へ
となっている.最後のものは藤原氏自身の本である.
昔の日本人が書いたものを直接読むということは,語り部の話を聞くようで,大変心にしみる.日本人の特性で,我々が忘れている特質を思い出させてくれ,それがまた自信につながるような仕組みとなっている.当時の外国人から見た日本・日本人のものも含まれており,日本人がいかにすばらしい人々なのかを教えてくれる.

この本を読んで,学生がしっかりと予習をしてきているからできるということ,また,その本の主張にご自身の主張を重ね合わせて学生にしっかりと日本人教育をしているところに感動を覚えた.

2014年1月22日水曜日

辻野晃一郎「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」、新潮文庫



著者は慶応の修士課程を出た後ソニーに入社するが、22年間勤務後退社し、退社後1年の値にグーグルに入社、その約2年後にグーグル日本法人の社長になるが、1年余りで別会社を立ち上げた人であり、本書はその人の自伝である。
ソニーへはあこがれの気持ち一杯に入社したが、それは井深大と盛田昭夫へのあこがれだったようで、入社時の盛田社長の訓示にあった「人生の大切な時期を過ごす場であるソニーが皆さんにふさわしくないと思えば、時間の無駄だからすぐに去ってほしい」という言葉を覚えていたらしい。私など、入社式の光景をまったく覚えておらず、このあたりから辻野氏と私との違いを感じさせる。その言葉は、実際に著者がソニーを辞める時に影響していたという。22年間は長い。当然いろいろな体験があっただろう。ソニーでのさまざまな経験談が語られており、我々が製品に接してきたVAIO開発の裏事情がよくわかる。多くの不満も述べられているが、会社から留学させてもらったり、社内でいろいろなプロジェクトを担当させてもらったりと、決して干されていたわけではない。多くのサラリーマンから見れば、贅沢な悩みに映るだろう。
その著者が、同社内で鬱積した不満がついに爆発して、飛び出してハローワークに通ったということだが、その後の経歴を見ると、この著者にとってはあまり特別な行動ではなかったようである。
ハローワーク通いもつかの間、ヘッドハンティングの会社からグーグルへの興味の打診があり、同社の入社試験を受けている。同社の採用基準が記載されているが、学生諸君にも興味があるだろうから書いておくと、地頭(じあたま)の良さ、これまでの職務実績と社会貢献、リーダーシップ、グーグリネス(グーグルに合うかどうか)の4つだったそうである。グーグルは大学よりももっと自由なところと述べられている。今のグーグルを見ると、とてつもなく先進的な会社なのだろうと思ってしまうが、当時、ソニーは後追いしていたわけではなかった。いま海外企業が成功している事業の多くのものをソニーの中では自社内で手がけてきたことを紹介しており、ソニーはいろいろな先進的な目を持っていたことがわかる。このあたりの体験が本書のタイトルにつながっているのだろう。また、辞めても消えないソニーへの愛着が垣間見える。
そのグーグルさえもやめて、自分で会社を興している。まだいろいろな挑戦が続くのだろう。今後の辻野氏が何をしていくのか、興味は尽きない。

2014年1月11日土曜日

阿川佐和子「阿川佐和子のこの人に会いたい9」、文春文庫

例の対談をまとめた本である。
今回は、次のような人の対談が載っている(全員ではない)。
糸井重里
稲盛和夫
三浦友和
高橋恵子
内田裕也
伊集院静
李登輝
・・・
どんな人とも、興味深く対談をなさるところがすばらしい。稲盛和夫氏は、JALを再建したことを中心にお話されている。稲盛氏が、いかにすごい人か、この対談からひしひしと伝わってくる。短期間であっても、しっかりとJALの中の人作りをされていることがわかる。対談の中で阿川さんが言っているように、もっとお若かったら、是非東京電力の再建をしていただきたいものである。
李登輝氏。今の日本の置かれている立場をどのように捉えたらよいか微妙なところが多々あるが、李登輝氏は、日本の良いところをしっかりとPRしていただいている。阿川氏が心地よく対談をされた感じがしっかり伝わってくる。伊集院氏の女性観。内田氏のやんちゃぶり。

前回の時には、あまり感じなかったが、阿川佐和子さんは、対談がお上手なのだと今回つくづく思った。対談中のツーショットが全部の方の中に載せられているが、相手を立て、いずれも好感を得るようなスマイルで写っておられる。

2013年11月16日土曜日

芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論」、ロゼッタストーン

この著者の記事が11月12日の朝日新聞のオピニオンに載った。それは、「脱点数主義の罠」という、入試などでの人物本位の評価を否定し、点数主義に徹するのが良いという、ある意味、衝撃的な内容のものであった。人物評価の面接では、「数人の面接官による限られた時間の面接で判断できますか。面接官の好みが前面に出るだけです」と言っている。さらに、「勉強が人間をつくるという面を見ようとしていない。勉強嫌いの人たちが集まっているのでは、と勘ぐりたくなります」と、手厳しい。しかし、言われてみると、確かにそうだ。私の少ない経験でも、面接で高評価だった学生が、入学後すばらしいかというと、むしろ逆の印象の方が強い。
前置きが長くなった。そこで、ともかくこの人の本を読んで見なければ、と思い、早速注文して読み始めた。
 なにせ、500ページ近くある分厚い本であり、さらに、流し読みで理解できるようなものではないので、読むのに時間がかかる。章立ては次の通り。
1.努力する人間になってはいけない -これから社会人になるあなたたちへ
2. かけ算の思考 割り算の思考 -これから勉強を始めるあなたたちへ
3.就職活動への檄20箇条 -大きな企業が有利な本当の理由
4.読書とは何か -本を読める人はわからないことを恐れない人
5.家族は社会の基本単位ではない -家族の社会性と反社会性について
6.なぜ人を殺してはいけないのか  -愛の自由と出生の受動性
7.学校教育の意味とは何か -中曽根臨教審思想から遠く離れて
8.キャリア教育の諸問題について -学校教育におけるキャリア教育とは何か
9.ツイッター微分論 -機能主義批判と新人論と
10.追悼・吉本隆明 -機能主義悲観としての言語の像概念
 内容についての私の意見は、後日書くことがあるだろう。

2013年11月15日金曜日

水内茂幸「居酒屋コンフィデンシャル」、新潮文庫

産經新聞の記者である著者が、民主党から自民・公明の政権に変わる少し前あたりに、自民党の議員中心に、居酒屋で取材したものを載せた本である。取材の相手は、大島理森、園田博之、谷垣禎一、加藤紘一、津村啓介、下地幹郎、石破茂、阿部知子、岸田文雄、安倍晋三、高市早苗、玄葉光一郎などである。また、特別宴席として、石破茂と野田聖子の対談もある。
これを読むと、それぞれの政治家の人となりがよく伝わってくる。酒が強い人も弱い人もあるが、共通して、よくしゃべり、対談を盛り上げたことが伝わってくる。
議員宿舎に住む議員の生活が、必ずしもリッチではなく、わびしいものであることもわかる。単身赴任とはそういうものなのだろうが、センセイ稼業とはこんなものなんだなと思う。
あと、当時の総理野田佳彦や福島瑞穂ともやってほしかったのだが。産経の記者には興味がないか、それとも苦手か。まあ、酒を飲みながら話をする雰囲気ではないか。

2013年10月9日水曜日

松田卓也「2045年問題」、廣済堂新書

2000年問題とは、コンピュータの中で管理している西暦が一と十の桁しかないための問題であったが、2045年問題とは何だろうか?興味を持ってこの本を購入し、読んでみた。
2045年問題とは、コンピュータの能力に関する問題であった。2045年に、技術的特異点、すなわち、コンピュータの能力が人間を大きく超え、人間を脅かす存在になる年ということらしい。
コンピュータが意識を持つかどうかということと大きく関係する。コンピュータが意識を持たない存在であれば、有益な道具として使うことに問題は生じないと思うが、このあたりの問題が2045年問題たるゆえんである。人間にとっても、自分の脳の拡張が世界のクラウドコンピュータの世界に広がるという状況は、今でも概念的にはわかる状況ができつつある。しかし、これからは、体外に自分のクローンができたり、さらには肉体をなくして、コンピュータの中にしか自分が存在しなくなるというようなSFの世界みたいなものまで書かれている。
私は、コンピュータは単純な道具としての利用者であり、そのレベルを超える、意識の世界におけるコンピュータのあり方に興味がない。今後は、むしろそうしたものに対して抵抗しながら生きていくこれからの自分の姿を予感した。

2013年10月3日木曜日

小林雅一「クラウドからAIへ アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場」、朝日新書

クラウドは、手元のモバイル機器からデータをホストに送り、重い処理をこなしてまたモバイルに結果を送ってみせるという処理方式において、インターネットによりどこからでもホストにアクセスできるというユビキタス性を利用した形態であることは、クラウドを様々な形で使っている人はご存じだろう。一方、AI(人工知能)は私から見るといささかかび臭い言葉である。あまり期待せずに読み始めたら、自分がキャッチアップできていなかったところが明確にでき、強く感化された。
 AIは、昔ながらの決定木を使ったものではなく、ベイジアンネットワークの時代を経て、ディープラーニングが今ホットであることを知った。ディープラーニングは、階層の深いニューラルネットであって、私が学んだ順番はニューラルネット、ベイジアンネット、決定木なので、昔に戻ることを奨励されているようなものである。ディープラーニングを含むAIを使った新しい技術が、現在の技術革新の中核をなしていることがわかった。
 第三章「知性の値打ち ―AIが生み出す巨大なビジネス・チャンス」が私にとっては最も値打ちがあった。AIを搭載したSiri、自動車や移動ロボットに搭載されるSLAM、介護・介助におけるロボットの巨大市場。これからは間違いなくロボットの時代であることを、この本を読んで確信した。
 この本のタイトルには、「クラウドからAIへ」と、いかにもクラウドの時代が終わりかのような書き方がされているが、読んでみると、そういう趣旨ではないようだ。スマホ、Googleめがね、タブレット、移動ロボット、どれを見てもすぐに廃れるものではないが、計算能力が低く、そこで大きなAIプログラムを走らせるわけにはいかない。クラウドを構築して、強力なAIシステムを走らせるのも悪くないなと思った。ここ十年ほど、機械学習の研究から遠ざかっていたが、少し戻ってみようと私に思わせてくれた本である。